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和歌山新報「がんばってます」/ネット時代の公職選挙法

2010年04月20日

ネット時代の公職選挙法

―超党派での改正に尽力―

4月14日の自民党選挙制度調査会でインターネットを用いた選挙運動を可能にする「公職選挙法改正案」が諮られ、了承を得た。党内手続きを経て、今国会に提出したい。そして7月の参議院選挙に間に合わせ、インターネットを使った積極的な選挙運動が展開されるようにしたいと考えている。


この問題には初当選直後から取り組んできた。初当選した平成10年頃はまだホームページを持っている議員の数は非常に少なく、自治省(当時)選挙部の公選法の解釈は「パソコン画面は文書図画にあたる。選挙運動用文書図画は法律が認めたものしか頒布できないので、公示後はホームページは落とさなくてはならない」というものであった。

その後インターネットを活用する議員が増えてきて、選挙運動中にもホームページを活用したいとの要望が高まった。また有権者の方もネットで候補者や政党の政策や人柄を知りたいとのニーズが出てきた。

総務省との折衝の結果、「公示直前まで更新していたホームページを、公示後もそのまま閲覧可能な状態としておくことは構わない」との法解釈に変わり、更新はできないけれども、ホームページを見せることはできる。というところまで何とか前進させた。

しかしその後、長年にわたり選挙運動中の更新は認められない状態が続いたため、2005年の郵政選挙直後から私が「ネット選挙運動解禁ワーキンググループ」の座長に就任して、法改正に取り組みを本格化させた。しかし党内には誹謗中傷を心配する声や、カネのかかる選挙になるのではとの懸念の声もあって、法改正を認めてもらうことは容易ではなかった。


その間も高速インターネットのインフラ整備が進み、インターネットの利用も単なるホームページだけではなく、メルマガ、ブログ、YouTube、ツイッターと進展していった。有権者からも選挙中にネットで情報が提供されないことへの不満が高まっていった。 衆議院選挙で敗北した後、再びネット選挙運動解禁のための公職選挙法の改正にチャレンジした。今回は党内にもネットを使いこなすくらいでないと駄目だとの空気も広がり、何とか法案要綱が承認されるところまでこぎ着けた。

法案では、候補者、政党だけでなく、第三者もネットを使って選挙運動を展開することが可能となった。メルマガ等に申し込んでいる人に対してメールを送信することも可能とした。一方で誹謗中傷対策も強化し、選挙運動の書き込みには連絡用メールアドレスの明記を求めることとした。他人を騙ったなりすましには刑事罰を適用するし、「プロバイダ責任制限法」規定する削除までの告知期間7日間を選挙運動については2日間に短縮することも盛り込んだ。また今まで禁止されていた選挙運動での映写機の使用も解禁した。これによりパワーポイントを使った説明等も可能となる。

ずいぶん時間がかかったが、何とかネット時代に対応した公職選挙法を実現することができそうである。他党とも調整して、超党派で改正に向けて進みたい。

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ネットを利用した選挙運動について説明

2010年04月14日


自民党 の選挙制度調査会でインターネット選挙運動ワーキングチーム座長として、インターネットを利用した選挙運動を解禁するための公職選挙法改正案の要綱(案)について説明した。メールやブログ、ツィッターの取り扱いなどについて、実際に選挙を行う議員同士で踏み込んだ議論を行い、要綱(案)は了承された。

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自民党ブロック分科会で参院選議論

2010年01月23日


1月24日の第77回 自民党 定期大会を前に近畿圏選出の衆参国会議員や府県連代表者らが集まり、ブロック分科会で新綱領の中身や今夏の 参院選 対策などについて意見を交わした。新綱領は党の政権構想会議がまとめた 第2次勧告 を土台にして作成されたもの。

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和歌山新報「がんばってます」/党員票1/3に大きな意味

2009年10月06日

党員票1/3に大きな意味

―総裁選善戦の河野太郎氏―

私は、今回の総裁選で河野太郎衆議院議員を候補として擁立することに奔走した。総選挙での敗北の真の原因である自民党の古き体質を一掃して、聖域無き党改革を断行できる人物は河野太郎氏しかいないと考えたからである。自民党を生まれ変わらせるためには派閥の影響力の排除や公認候補の差し替え、党職員のリストラなどなど、相当荒っぽい仕事を断行しなければならない。河野太郎氏のような強烈な突破力を持った総裁を誕生させる必要がある。もちろん擁立にあたっては河野氏本人と膝詰めで個別の政策について議論し、「良質な保守」を目指すということを柱に据え、党改革、参院選対策以外の個別の政策については党内の議論に耳を傾けるということも確認した。

総裁選挙に出馬するためには「20名の推薦人」を集めることが条件となっている。総選挙大敗の結果、議員数が199名とほぼ半減した中で20名の推薦人を集めることは至難の業であった。また各議員に有形無形の圧力がかかったし、複数の若手議員が名乗りを上げたこともただでさえ困難であった推薦人集めを一層難しくした。しかし若手数名で議員一人一人を訪ねて説得した結果、何とか20名の推薦人を集めることに成功した。


告示後の選挙運動も難行苦行であった。派閥や団体の応援がないことに加えて、河野太郎陣営には参加してくれる議員は推薦人プラスアルファ程度なので、47都道府県の党員に対する働きかけも十分出来ない。また党本部の選管が選挙期間中に3候補揃っての街頭立会演説会を和歌山市はじめ全国11ブロックでセットしたため、河野太郎候補本人がほとんどそちらに拘束されてしまい、陣営独自の活動が十分にできなかった。それでも合間を縫って東京は有楽町、新宿、池袋、大阪は難波でゲリラ街頭演説を行い、埼玉県の狭山茶農家との懇談と畑の視察も行ったりするなど、候補者を体力の限界まで酷使して選挙戦を戦った。

街頭演説での河野候補への反応は非常によかった。予告や動員を一切していないのに、数百人規模の聴衆が集まってくれた。また3候補揃っての街頭演説でも河野太郎候補の演説が一番パワフルで説得力があったとの反応が多かった。しかし計算外だったのは野党の党首選挙であるためマスコミが大きく取り上げることが少なかったということである。自民党総裁選のニュースはいつも天気予報の後に回されることが多かった。河野太郎候補のパワーがメディアを通じて流れることが少なく、国民的な支持に広げることはできなかった。それでも直前のテレビ局の世論調査では河野40%、谷垣30%となっていた。

28日の投開票で和歌山では4票の党員票のうち3票が河野議員に回るというありがたい結果となったが、全体的には谷垣300票(党員180、議員120)に対して河野144票(党員109、議員35)という敗北に終わった。しかし派閥や団体の応援がないのに、党員票の3分の1を確保できたということには大きな意味がある。新執行部はこの109票の党員の声をしっかりと受け止めてほしいと思う。

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河野太郎候補と日枝神社で必勝祈願

2009年09月28日


自民党総裁選 の 河野太郎 候補や陣営幹部と永田町の 日枝神社 で必勝祈願を行い、決起集会で候補者の最後の決意表明を聴き、一致結束して投票会場へと向かった。投開票の結果、谷垣禎一候補300票、河野太郎候補144票、西村康稔候補54票で、谷垣禎一候補が第24代総裁に選出された。

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