2012年03月08日
迎賓館 赤坂離宮で開催された タイ王国 インラック・シナワット首相との朝食懇談会に 自民党 日本・タイ友好議員連盟の事務局長として出席し、両国の友好関係発展に係る最近の政治経済情勢や今後の災害対策などについて意見を交わした。インラック首相は3月6日から日本を公式実務訪問賓客として訪問していて、皇太子さまと皇居宮殿で会見される予定。
2011年11月02日
10月30日から11月2日まで日本を訪れている バルト三国 の一つ エストニア共和国 の外交委員会との朝食懇談会に 日ロ若手国会議員の会 日本側代表として出席して、マルコ・ミヒケルソン外交委員会会長らと諸情勢について懇談した。外交委員会一行は10月30日から日本を訪れていて、自動車関連企業や防衛研究関係施設などを視察してまわった。
2010年10月16日
中国の圧力に屈して中国人船長を処分保留のまま釈放した9月24日は、日本の外交敗北の日として歴史に残ることになるでしょう。
この問題を考えるにあたり我々が思い出さなければならない出来事は明治24年の「大津事件」です。ロシア皇太子に斬りつけて逮捕された巡査に対してロシアもまた日本の外交当局も「死刑」を要求してきたのに対し、日本の司法は「日本の刑法では殺人を犯していない以上死刑にはできない」と無期懲役の判決を下したのです。当時の日露はアジアの小国と世界的大帝国という力関係でしたが、そのロシアの圧力に屈せず、法治国家としての原理原則を通したことで日本は世界から高く評価され、後年の不平等条約解消へと繋がっていきます。
大国の圧力に屈せず、国家の主権を守り通した先人に比べて、今回の菅内閣の対応はあまりにお粗末でした。特に外交関係について判断することができる訳がない検察に全ての責任を押しつけ、「検察が判断した。政治は介入していない」という誰が見ても「嘘」だと分かる理屈を主張し続ける姿に怒りを感じます。
また中国との交渉は、官邸と外務省との二元外交となってしまっています。外交経験の少ない政治家がプロのアドバイスに耳を貸さず勝手に中国と交渉した結果、船長は釈放したものの、報復措置的に不当に身柄拘束されたフジタの社員はなかなか解放されず、挙げ句の果てには「謝罪と賠償」を中国から要求される始末です。
ベルギーのASEMでは外務省が知らない間に菅首相と温家宝首相との「立ち話」がセットされましたが、突然のことで菅首相には中国語の通訳がいなかったといいます。菅首相の言葉がどんな形で温首相に伝わったのか、日本側に確認する手段がなかったのです。私も首相補佐官として何度も首脳会談に同席しましたが、このような不用意な対応は前代未聞です。
さらにこの立ち話で菅首相は温首相にいの一番に要求しなければならない「フジタ社員の解放」に言及しなかった模様です。自民党が衆参の本会議や予算委員会で再三にわたって「要求したのか?」と確認を求めましたが、結局「逃げ菅」お得意のはぐらかし答弁に終始しました。菅・民主党政権に日本の領土や国民の生命を守る意思と能力がないことが明白になりました。国会を中心にこの問題を徹底的に追及していく予定です。
2010年06月19日
ゴールデンウィークは中東方面に出張してきました。前半はパレスチナ。後半はアラブ首長国連邦のアブダビという日程でした。日本の国会議員にとってゴールデンウィークはお盆やクリスマスとは違って、相手国の政治家はバカンスに入っていないので、要人との会議や会談をセットする重要なチャンスとなります。
パレスチナはイスラエル国内の自治区という位置づけになっていますが、今回の訪問目的は、2004年から河野太郎議員とともに継続している「日本アラブリーダーシップネットワーク」という日本とアラブの国会議員の意見交換会を開催するためでした。これまで、レバノンのベイルート、シリアのダマスカス、そして東京で開催してきましたが、今回はパレスチナ自治区でパレスチナ議会議員とパレスチナ問題に対する日本の取り組みについて意見交換しようということになりました。会議は自治区首都にあたるラマラという街で開催され非常に熱い議論になりました。また「入植地」、「壁」といった普段新聞紙面でしか読んでいない現場を目の当たりに見ることが出来たことも有意義でした。イスラエルのエルサレムも訪問しましたが、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地が隣接し、それぞれの信者が混じり合って暮らしている状況は実際に見てみないと理解できないものでした。
後半はアブダビに移動し、和歌山から来た近畿大学水産研究所メンバーや若手経済人と合流しました。アブダビでの主目的はマグロの完全養殖技術に関する近大とアブダビ政府間での協力協定について話し合うことでした。アブダビの実質的トップであるムハンマド皇太子がマグロの養殖に強い関心を持っており、2007年に安倍総理に随行して訪問して以来、技術協力の要請を受けていました。アブダビは日本の石油と天然ガスの重要な供給元であり、友好関係の一助になればという思いで私を中心にアブダビ側との交渉を進めてきていました。今回の訪問で相手側交渉担当であるラシッド環境水資源庁長官と精力的に詰めの交渉を行い、技術協力に向けた近大・アブダビ間の覚書を交わすところまでこぎ着けました。
交渉が成功裏に終わったことを祝して、ラシッド長官がわれわれ一行を砂漠の別邸に招待してくれ、ご馳走してくれました。砂漠に絨毯を敷いた純アラブ風の宴で、出てきたご馳走は何とラクダ。一瞬ぎょっとしましたが、食べてみると意外と美味でした。しばし異文化に触れたひとときでした。
2010年02月16日
外務省「21世紀パートナーシップ促進招へい」で来日中のマレーシア首相府アフマド・マスラン副大臣、 河野太郎 議員、 山本一太 議員らと両国の政治経済情勢などについて意見を交わした。「21世紀パートナーシップ促進招へい」では昨年マレーシアの若手官僚5名を日本に招へいし交流している。