2007年08月21日
去る7月29日投開票の参議院選挙において3期目の当選を果たさせていただいた。ただし大逆風の非常に厳しい選挙で、選挙戦を通じて聞かせていただいた有権者の安倍内閣に対する声には、頑張れと言う声もあった一方で、痛烈な批判も少なくなかった。
マスコミ等でこの逆風の原因と言われた年金記録の事務処理問題や閣僚の事務所費問題はもちろん重大な問題で全国的に選挙結果に大きく影響した。しかし、それ以上に深刻なのは、厳しい状況にある和歌山のような地方経済に対する処方箋をきちんと示せていないことに対して、有権者がいらだちを感じているということであった。
このような地方の有権者の声を政権中枢に伝えることこそが、全国的に自民党が大敗するという厳しい状況の中、和歌山でしっかりとした成績で当選させてもらった私の責務だと考えている。選挙後、上京して首相補佐官としての仕事を再開した私は、早速安倍総理と膝詰めで話をさせてもらい、選挙戦での有権者の反応や今回の選挙の反省点等をつぶさに報告させてもらった。特に私が強調させてもらったのは「改革を止めてはだめだが、一方で生活実感の出る政策を全面に出さなければならない」ということである。
実は安倍内閣は「成長力底上げ戦略」や「頑張る地方応援プログラム」といった、地方での生活に焦点を当てた政策をいくつも打ち出してきている。成長力底上げ戦略では地方の中小企業をテコ入れして、そこで働く人たちの賃金を上げていく処方箋を示したし、頑張る地方応援プログラムでは、やる気とアイデアのある自治体に対して、国を挙げて資金面で支援するということを決めている。今後はこういった政策をもっと強調していかなければならない。
また生活実感のでる政策を打ち出していくためには、まず国民の悲痛な声に真剣に耳を傾けると言うことが重要である。上意下達式の政策決定では国民のハートは打たない。国民の声を聞いた上で打ち出す政策でなくてはならない。不幸なことに安倍内閣発足当初に前政権のタウンミーティングにおけるやらせ問題が発覚し、その対処に追われ、国民の声を直接吸い上げる仕組みが一定期間麻痺した状態が続いた。私を中心に徹底的な問題点の分析を行い、新たに「政策ライブトーク」という形で安倍政権の広聴機能を最立ち上げしているので、今後は積極的に国民の声を聴かせてもらうことから内閣を再スタートさせていくことが重要だ。成功事例だけの視察や大名行列のような視察はだめだ。シャッター通り商店街や限界集落といった厳しい現場をあえて視察し、少人数で率直に話ができる雰囲気の中で、本音を聞かせてもらうようなものでなくてはだめだろう。
間もなく内閣改造と臨時国会の召集が行われる。改造人事について私は口を挟むような立場にはないが、その後の記者会見や臨時国会での所信表明演説では、安倍内閣の姿勢が変わったということを国民の皆さんにわかってもらえるような内容になるように、総理に対して積極的に進言していきたい。
2004年04月27日
この原稿は埼玉8区補欠選挙での自民党公認柴山昌彦候補勝利のニュースがテレビから流れてくるのを聞きながら執筆している。先月のこのコーナーで書かせていただいたように、この補欠選挙は安倍晋三幹事長の主導する自民党改革の一環として、党として初めて全国公募により候補者を選考するなど、自民党の従来の選挙手法を根本から見直した選挙戦であり、この選挙で勝利したことの意義は非常に大きい。安倍幹事長にこの選挙を絶対に諦めずに逆に候補者選考過程の改革の一環として活用することを進言し、候補者選考から選挙戦略立案まで携わり、期間中も何度も所沢まで足を運んだ者として私も感無量である。
振り返るともともとは勝てるはずの無い選挙であった。前任者の選挙違反により自民党系の市議会議員や党支部幹部は軒並み逮捕され、一般党員の多くも警察による事情聴取を受けるなどして、地元の組織はガタガタで選挙など不可能な状態であった。そこに公募で選んだ政治経験のまったく若い弁護士を連れて行って、土地勘の無い党本部職員や他県の国会議員の秘書団が事務局としてサポートしようというのである。党の幹部からは「勝てるはずの無い選挙などしてどうするのだ。」とか「安倍幹事長を前に出して負けたら党のイメージに傷が付く。お前が責任取れるのか。」などと厳しい批判も受けた。
しかし候補者と選対スタッフが一体となってよくがんばってくれた。街宣車に乗ることよりも、イメージカラーのブルーに塗った自転車に乗って街中を走り回わることの方が多かった。毎晩夜11時まで所沢駅前にたって肉声で支持を呼びかけた。世論調査を決め細やかに行い、地域ごとに街頭演説の内容を変えたりもした。30歳代の主婦層の支持が弱いとの調査結果が出ると、みんなで知恵を出して、子育てを考えるイベントを実施したりもした。私も連夜、東京での仕事を終えた後所沢に行き、深夜までスタッフと作戦会議で熱い議論を戦わせた。終盤は安倍幹事長が連日選挙区入りして、声をからせて応援に走り回った。
その結果が今回の勝利であり、この勝利をきっかけに安倍幹事長主導の自民党改革が大きく前進することは間違いない。
現在私は安倍幹事長から新たな改革の指示を受けている。内容は政治とカネの面からの党改革を進められないかということである。自民党に限らず政治の世界にはお金の面でまだまだ透明性に欠ける部分が多い。例えば政治家各人の政治資金管理団体や政党支部の収支はいちいち総務省や都道府県選管に足を運ばなくては閲覧することができない。しかもコピーをとることは出来なくなっている。このIT革命の時代にインターネットで見ることが出来ないこと自体が問題である。自民党が他党に先駆けて、自主的に資金収支をネットで公表するような取り組みを検討していきたいと考えている。今回の選挙での勝利を弾みにして、次は政治とカネの関係を国民にとって透明で納得できる形に改革していきたい。
2004年03月16日
4月25日に埼玉8区において補欠選挙が行われることになっている。自民党議員の公職選挙違反による逮捕、辞職に伴う選挙であり、自民党にとって厳しい環境の中の選挙である。地元の市会議員や党支部幹部も多数逮捕されており埼玉県連は今回の候補者擁立を見送りたいとの意向であった。しかし、安倍晋三幹事長はこういう時だからこそあえて候補者を立てて、党本部主導で新しいタイプの選挙を戦うべきだと判断し、自身が委員長を務める党改革検証推進委員会に対して検討の指示が下った。
同委員会は政治と金の問題や候補者選考過程の透明化等、自民党の根幹にかかわる問題を徹底的に議論し、方向を出していく場であり、安倍委員長、塩崎恭久事務局長と8人の委員で構成され、私も委員に名前を連ねている。この委員会で議論した結果、候補者選考や選挙手法を抜本的に改革するモデルプロジェクトとして、今回の補欠選挙を活用しようということになった。特に今回の選挙は地元後援会を中心とした従来の選挙手法が全く使えないため、マーケティング理論を用いたイメージ選挙を展開せざるを得ないということで、NTTで企業広報の実務経験のある私がプロジェクトのチーフとなって進めていくことになった。
まずは候補者の公募から始めた。全国紙に広告を打ち、履歴書、プロフィールと政治理念に関する2000字の論文を添えて応募するように呼びかけたところ何と81人もの応募が殺到した。しかも履歴書をみたところそれぞれが個性ある優秀な人材である。自民党も捨てたものではないと思うと同時に、今までの閉鎖的な候補者選考がいかに優秀な人材を自民党から阻害してきたかを痛感させられた。
81人分の論文を私を含む4人の若手議員で審査して、23人にまで絞り込んだ。81人分の論文を読み、評価するのは大変な作業で、2晩ほど徹夜した。そして2月25日にベンチャー経営者や政治学者等の外部有職者に入ってもらって2次選考を行い、熱い議論の結果6人を最終選考に残すことにした。25歳から44歳まで、男性5人、女性1人という結果であった。
最終選考は3月3日、面接の形で行われた。安倍幹事長、青木参議院幹事長、町村総務局長ら党幹部と塩崎事務局長、そして私が審査員となった。これまでは論文とプロフィールしか見てこなかったため、どのような人物が登場するのか不安であったが、6人とも大変立派な人物で、幹部たちの鋭い質問に対しても堂々と受け答えをしていた。誰が候補者になってもいいような、甲乙付けがたい状況であったが、議論の結果、38歳の現役バリバリの弁護士が選考された。
候補者選考が終ると直ちに、その候補者と打ち合わせに入った。今回の選挙は最新の手法を使っていくので、候補者に対しては外部の専門家が付いて、洋服のアドバイスやスピーチや記者会見のトレーニングが行われた。今後も有権者の意識調査に基づく政策の打ち出しや、草の根ボランティアを中心とした選挙運動など、今まで自民党がやってこなかった手法を使って4月25日の投票日を目指していく。そしてこの選挙の成果を、自民党の新しい候補者選考、選挙運動のモデル(安倍モデル)として、今後の党の基盤強化につなげていきたいと考えている。